想定外の事態 バックアップシステムの崩壊

「事態が急変したのは、大野がRCIC を3 度目に起動させた直後だった。

「DG トリップ! 」

制御盤前にいた運転員が叫んだ。非常用ディーゼル発電機が「落ちた」という意味だった。その声をきっかけに制御盤のランプが一つ、また一っと不規則に消えていった。けたたましかった警報音も一つ、また一つと消えた。」

「全電源喪失の記憶 証言・福島第1原発ー1000日の真実」共同通信社原発事故取材班 高橋秀樹編著より

今回は「想定外」はなぜ起こるのか?で取り上げた東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故から、個人の経済的なバックアップシステムである生命保険の「原発事故」について考えてみましょう。

 

◇3.11における福島第一原子力発電所におけるバックアップ電源の喪失

3.11における福島第一原子力発電所におけるチェルノブイリ級と言われる原子力事故の原因は、地震の揺れが原子炉を直接損壊したのではなく、電源を失ったことによって原子炉の冷却ができなくなってしまった点にあったのです。

原子炉はポンプによって供給する冷却水で冷却されています。その冷却水が止まってしまうと原子力燃料は自らの熱で溶解して、いわゆるメルトダウンを起こしてしまいます。従って、原子力発電所における原子炉の冷却は文字通り、安全管理の核心に位置する問題と言えます。そして、そのポンプは東京電力が発電(原発の外部にて)する電力によって動いていたのです。

2011年3月11日14時46分に地震発生が発生しました。稼動していた1、2、3号機は地震によって自動的に緊急停止したものの、冷却水は継続して送り込まなければなりません。ところがその直後、原発の主要な電源である外部から送電線で供給されている電源が地震の揺れによる開閉所(受電所)の損害と電力線の鉄塔の倒壊によって喪失してしまったのです。

しかし、万一に備えてバックアップが準備されていました。用意されていた非常用ディーゼル電源が稼動しはじめましたのです。それは、建屋内に設置されたディーゼル発電機が構内に設置されている大型石油タンクから燃料の供給を受けて発電する仕組みです。

ところが、一息ついたのもつかの間、さらにそのバックアップ用のディーゼル電源もダウンしてしまい、原子炉に冷却水を送り込むポンプはおろか、管理棟の計器、電灯はすべて消えて真っ暗になってしまい、原子炉の現状の把握さえできない状態に陥ったのです。

◇バックアップ電源喪失の理由

バックアップであったはずの非常用ディーゼル電源の消失の原因は津波でした。

もともと、福島第一原発の建設用地は海抜30mの台地だったのですが、海抜10mまで掘削し、1~4号機の原子炉と建屋を建設しました。非常用ディーゼル発電機はその後、その建屋の地下に設置されたのです。さらに海水ポンプ、石油タンクなどの施設は海抜4mまで掘削したところに建設され、その上で海抜10mの防潮堤が設置されていました。冷却水の取水・排水が不可欠な原発は海の近くに立地しなくてはならず、かつ、低い場所にある方がそれが容易であることは素人にも想像がつきます。しかし、津波は怖い。
原発の安全性と経済性はまさにトレードオフの関係にあるのです。

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しかし、3月11日にやってきた津波は高さ13~15mだったのです。海水は海抜23mにあった駐車場まで押し寄せてきたとされています。当然、1~4号機の建屋の一部は浸水し、海水ポンプおよび非常用ディーゼル発電機は水没し、その燃料用の巨大な2基のタンクは流されてしまったのです。

「全電源喪失の記憶」共同通信社より

バックアップ電源の喪失は全く想定外でした。津波が海抜4メートルの高さにある海水ポンプと石油タンクならびに海抜10mにある建屋の地下にあるディーゼル発電機まで及ぶとは考えていなかったのです。従って、全電源が喪失した場合のシミレーションもマニュアルもなかったのです。

その後の東電社員と関連会社、自衛隊の英雄的な行動は報道されている通りですが、事前の準備不足を勇気でカバーすることはできませんでした。

 

◇高齢の生命保険契約者に多発する保険金未請求

バックアップは、主たるシステムに支障が生じた場合への備えです。生命保険は人生の船が沈もうとする際の救命ボートであり、経済的なバックアップだと言えます。

life raft on liner

(航海のバックアップシステムとしての救命ボート)

ところが、ある大手生命会社が同社の90歳以上の保険契約者約1万1千人を調査したところ、すでにその2割に当たる約2千人がなくなっているにもかかわらず、保険金が支払われていなかったことが判明しました。その理由はすでに保険金受取人が亡くなっていたり、認知症であるために請求ができなかったことが原因だとされています。(朝日新聞2014年8月3日)

万一の際の経済的なバックアップシステムである生命保険が機能しないとどうなるでしょうか。上記の調査は90歳以上の場合ですが、さらに若い年齢でも起こらないとは限りません。

◇人生のバックアップシステムである生命保険を喪失しないために

生命保険は万が一の際の経済的なバックアップとして加入するものですが、そのバックアップが有効に機能するためには二つの要件が必要です。第一は保険契約が有効に存続していること。第二に保険金受取人が保険金を請求して保険金を有効に活用できる状態であることです。

前述のように90歳以上の約2割が亡くなっているにもかかわらず保険金の請求を行わないというのは、バックアップ機能としての生命保険にシステム的な問題があるということにはならないでしょうか。数件が未請求であったということであれば、個人的な問題として片付けられますが、2千件ともなると、保険契約者、生命保険会社双方が、生命保険を請求する保険金受取人の年齢の高さを見誤っていたと考えられます。

生命保険を契約する時には被保険者も保険金受取人も若くて元気だったはずです。しかし、当然のことですが、永遠に若くてしっかりとした能力を維持できるはずはありません。

選択肢は二つあります。有効に機能する保険金受取人がいないのであれば、生命保険を解約して解約返戻金を現金で持っておくか、必要とされるときに有効に機能しそうな信頼できる「人」に保険金の受取人を変更するのです。

有効に機能する保険金受取人とは、保険金を請求することができる能力を有することであり、信頼できるとは、契約者の意図に従って保険金を管理・使用することを期待できる人です。

福島第一原子力発電所の場合は、電力を供給する立場の東京電力が自社の発電所に電力を供給することができずに大きな災害を発生させてしまいましたが、生命保険の保険金受取人は保険契約者が指定するものです。生命保険というバックアップシステムを喪失しないために、保険金受取人の指定を誤ってはなりません。

齋藤 真衡

(参考図書)

「全電源喪失の記憶 証言・福島第1原発ー1000日の真実」共同通信社原発事故取材班 高橋秀樹編著

「死の淵を見た男 押田昌郎と福島第一原発の500日」門田隆将 著