豊かさが招く欠乏(scarcity)の皮肉

モノゴトの先送りは人間の最も気をつけなければならない本性ですが、その原因について新しい主張を発見しました。それは「欠乏」だというのです。
「いつでも時間がないあなたに(scarcity)」から学んでみましょう。

—トランクのトレードオフ—

明日からしばらくの旅行に出かけるために、大きめのトランクを選んで、着替え、化粧品、パソコン、カメラまで様々なものを乱暴に詰め込みましたが、スペースにはまだまだ余裕があります。お土産まで入りそうだと一息つきます。

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しかし、少し考えてみると、この大きなトランクは、階段などでは両手で抱えなければ上り下りすることはできないし、行き先での飛行機、列車、バスなどにおける積み卸しがやっかいだと考えると憂鬱になってきました。

そこで、もう一つある小さい方のトランクに詰め替えることにしました。
すると、先ほど放り込んだ荷物が全部は入らない…
先ほどと違って、少々知恵を絞らざるを得なくなります

着替えは丁寧にたたみ、ブレザーと革靴は諦め、パソコンのかわりにiPadにしました。考えに考えて、最低限必要なものに絞り込み、ようやくフタを押し込むことができました。

この場合に、小さなトランクに欠乏していたのは、スペースです。

大きなトランクはスペースが豊かで欠乏を感じさせませんが、持ち運びには不便です。欠乏はトレードオフを意識させます。
トレードオフとは、一方的に何かを取得するのではなく、交換条件で何かを差し出さなければならないことを言います。

トランクの場合は、持って行ける荷物の量と移動の容易さをトレードオフしたのです。大きなトランクを持って行けば、様々なものを持って行けますが、移動には汗をかくことになります。
どちらの選択が良かったのかは後になってみないとわかりません。
そこで、この大きなトランクのような豊かさが、後になってむしろ欠乏を生み出す構造について考えてみます。

—欠乏で問題になる代表選手の数々—

◇食料の欠乏は飢餓をもたらす。
限度なく食料がある場合にはいくらでも食べることができますが、そうでない場合は今後の食事のことも考えなくてはなりません。昼に冷蔵庫を空にしてしまえば、夕食に食べるものはなくなります。

◇失業は金銭の欠乏をもたらす。
職業の選択の自由はありますが、職を変えた後の収入の保障はありません。

◇人付き合いの欠乏は社会との絆の欠乏をもたらす。
自分勝手も気ままでよいのですが、自分が困った際には他人の助けは期待できません。

欠乏とは、必要と感じるものより、自分が持っているものが少ないことを不幸と感じることです。
欠乏は「集中ボーナス」と言われる火事場の馬鹿力を発揮することもあるのですが、「トンネリング」と言われるようにトンネルの外が全く見えなくなり、トレードオフを意識できなくなるのです。

空腹になると、食事のことしか頭に上らなくなったり、仕事で切羽詰まっていると、家庭を顧みなくなるのはその好例です。

欠乏を意識することでトレードオフを考慮の対象に加えることができます。

 

—時間の欠乏は意識されにくいー

人に最も影響のある欠乏は時間です。
人の持てる最大の資源は時間だからです。時間がなくなるのは死ぬときですが、時間がなければどんなに有能であろうが、金持ちであろうが何もなすことはできません。

時間は大きさが徐々に小さくなるトランクのようなものです。

まだまだ多くのモノを詰め込めると考えていると、そのうちにそのスペースは狭くなっていきます。さっきまでは入ったはずが、入らなくなります。
今することと、将来することがトレードオフであることに人は気付きません。

むしろ、豊かさが時間の使用はトレードオフである現実を忘れさせ、後に時間の欠乏を招くという構造なのです。

チューブに入った歯磨き粉のように、最後の1cmまで絞ってしまえば…
ワインボトルの最期の一杯分のように、グラスに空けてしまえば…
いずれなくなるのです。
人はその頃にはじめて大事に歯磨き粉を使い、ワインを味わうようになります。

人は明日の健康診断でがんが発見されるとか、今日交通事故で死ぬとは思っていません。まだ豊かに時間はあると考えているのです。

今のうちに自分の夢をトランクに入れておきましょう。
入らなくなる前に。

 齋藤真衡

 

<Happy Ending カード No.A-1 死の受容>

死を意識するということは、単にいつか死ぬということではなく、残された時間における行動のトレードオフを理解することです。

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