ピンピンコロリとストレス対処能力SOC(sense of coherence )

◇ ピンピンコロリ(PPK)とネンネンコロリ(NNK)
亡くなる直前まで元気に活動して亡くなるのがピンピンコロリの人生であり、不幸にして長期の寝たきりになって亡くなる状態をネンネンコロリというそうです。誰もが病気にもならず、ケガもせずにピンピンコロリでHappy Endといきたいものですが、問題はいかにしてそれを実現するかなのです。

もちろん、ピンピンコロリは意思能力をしっかり維持している状態を意味しています。
その解決のヒントになるのではないかと思ったのが、アーロン・アントノフスキーが提唱したSOC(sense of coherence ,首尾一貫感覚)です。

◇ 健康寿命と寿命の差はどのくらい?
ネンネンの期間とは一致しませんが、平均寿命と健康寿命の差の約10年間が健康に問題を持ちながら生きていく期間であることがわかります。
男性は9.13年(79.55歳ー70.42歳)、女性は12.68年(86.3歳−73.62歳)
(2010年データ健康日本21その2 厚生労働省)
スクリーンショット 2015-02-22 13.05.34(出典:健康日本21その2 厚生労働省
国は健康日本21を掲げ取り組んでいますが、健康寿命の延伸はその大きな柱の一つとなっています。個人も社会保険を運営する国もネンネンコロリはできるだけ避けたいと考えており、これは国民全体の共通した切実な課題です。

◇ ピンピンコロリが難しいと思われる理由は何か?
人は生まれた以上誰であろうと死を免れることはできません。
これは理論的に理解しているというよりは経験的に知っているというレベルです。というのは、私たちは人の死は当たり前のことだと考えていますが、死の根本的な原因に関しては諸説あって、いまだに解明されているとは言えないからです。

たとえば、家族ががんで亡くなったとします。人はなぜ死ぬのかという問いに対して、がんや心筋梗塞という回答だけでは不充分です。がんや心筋梗塞になった理由までわかって初めて予防の対策が打てる意味のある回答になるはずだからです。
因みに、人が死亡した場合に必ず必要となる死亡診断書には直接死因の他に、その原因を3段階でブレイクダウンして記載するようになっています。直接死因の下位の原因は書かれているでしょうか。

しかし、結局のところ、現在の医学のレベルでは病気(直接死因)になる下位の原因はわからない場合が多いようです。直接死因の記載だけでも様々な要因があるので医師がその記載に迷うと聞きます。直接死因の下位の原因はさらに究明が困難です。よって、いまだ発病していない様々な疾病についてその原因を探した上で、あらかじめ対処することは難しいのです。それがわかっているのは生活習慣病の一部でしかありません。

◇ 疾病生成論の限界と健康生成論
このように、死とその直接的な原因となる疾病を引き起こす根本的な原因がわからない中で、健康を維持するための手法は、疾病から遡ってその原因となる直接的なリスク要因を取り除く方法が主流をしめています。これをアントノフスキーは疾病生成論と呼んでいます。疾病生成論は、ホメオスタシス(恒常性)を前提として、ホメオスタシスを侵害するリスク要因を取り除けば健康を回復できるという考え方に基づいているようです。疾病単位に考えますから、視点は患者個人を看るというよりは個別細分化した「504号室の冠動脈」とか「306号室の肝がん」というようになりがちだと言われています。最近チーム医療の必要性が取り上げられていますが、個々の臓器や疾病を見ているだけでは全体的な健康を回復することが困難となった事実と反省に基づく取り組みなのでしょう。

スクリーンショット 2015-02-23 15.33.38それに対して、SOCは健康生成論と言われ、病気は珍しいことではなく、エントロピー(無秩序化)の増大が生命体の特性であると考えています。現在の健康状態は健康と健康破綻の両極の間のどこかに位置すると考えます。そのエントロピーの増大圧力に抗するSOCの強さが健康要因であるとする考え方です。疾病生成論がリスク要因に注目するのに対して、健康生成論は健康要因にもフォーカスする点が大きく異なります。SOCは「生きる力」とも言われ、健康状態を左右する心理社会的ストレッサーと身体的生物医学的ストレッサーにうまく対処する能力です。
アントノフスキーはSOCを次のように定義しています。

「首尾一貫感覚( SOC)とは、その人に浸みわたった、ダイナミックではあるが持続する確信の感覚によって表現される世界〔生活世界〕規模の志向性のことである。それは、第1 に、自分の内外で生じる環境刺激は、秩序づけられた、予測と説明が可能なものであるという確信、第2 に、その刺激がもたらす要求に対応するための資源はいつでも得られるという確信、第3 に、そうした要求は挑戦であり、心身を投入しかかわるに値するという確信から成る。」

(出典:「健康の謎を解くーストレス対処と健康保持のメカニズム」アーロン・アントノフスキー著)

確かにこの定義に当てはまるような人は綜合失調症にはなりそうにありませんし、免疫力も強そうです。

◇ ケース:疾病生成論とSOC健康生成論の対比
健康生成論では個々の疾病ではなく、病理を引き起こした患者の身の上(ストーリー)に疾病の原因を診ようとします(病因論)。
重い膝の病気で入院した患者のケースが取り上げられています。
その患者は膝の症状を診断されて入院し加療の後に退院しましたが、すぐさま再入院となってしまったそうです。
その理由がまさにこの患者のストーリーだったのです。彼はⅠ年前に妻を亡くして親戚も知人もいないこの街に引っ越してきました。収入が少なく、エレベータのない建物の4階に住んでいたというのです。アントノフスキーは膝の病気だけでなく、この患者は栄養不良、肺炎、うつ病、自殺企画でも入院したであろうと書いています。疾病(膝)を点で診る疾病生成論的な診察と患者個人のストーリーを線で診る健康生成論の違いは大きいと言わねばなりません。

◇ どうすれば強いSOCを創れるか?
SOCの形成を促進するのは良質な人生経験だとされています。第一に共有された価値化やルール、習慣に基づく一貫性のある人生経験。第二に負荷が過小でも過大でもないバランスの取れた適度な負荷のかかる人生経験、第三に好ましい結果が得られたことに自分自身も参加したという人生経験。この三つの人生経験がSOCの3大要素である把握可能感、処理可能感、有意味感の形成に繋がるのです。

スクリーンショット 2015-02-23 14.14.05

(出典:「ストレス対処能力SOC」 山崎喜比古・戸ヶ里泰典・坂野純子編)

◇ セカンドライフとSOC健康生成論との関係
Happy Endは人生における最高の有意味感であるはずです。
最高の有意味感を味わってピンピンコロリといきたいものです。
疾病生成論における個々のリスク要因を回避する考え方に加えて、適切なストレスを処理しながら、積極的に健康要因を取り入れてSOCを強化することが、包括的な健康に繋がりそうな気がしました。さらに、SOCは精神的な健康が肉体的な健康に先行してトータルな健康を指向するのです。
加齢に伴うエントロピーの増大に備えなければならない世代にとって、そのセカンドライフプランの土台としてSOCはふさわしい考え方に思えます。SOCの考え方を織り込んだライフプランニングあるいはエンディングノートは素晴らしいものになりそうです。

SOCは、まだ仮説の段階にあると言えますが、上記の通り疾病生成論も大半は仮説のような段階なのです。SOCがもう一つの車輪として検証データの集積も含めてこれから様々な分野で活用されることが期待されます。

SOCを日本に紹介した山崎喜比古先生、諸先生に感謝したいと思います。関心のある方は下記の図書をご覧ください。

「健康の謎を解くーストレス対処と健康保持のメカニズム」 アーロン・アントノフスキー著 山崎喜比古・吉井清子訳
「ストレス対処能力SOC」 山崎喜比古・戸ヶ里泰典・坂野純子編